2022年4月から中小企業でも施行されるパワハラ防止法とは?

2019年5月に「女性の職業生活における活躍の推進に関する法律等の一部を改正する法律」が成立しました。そしてこれによって「労働施策総合推進法」が改正されたのですが、この法改正で何が変わるのかをきちんと把握しているでしょうか?

改正労働施策総合推進法については、2020年6月1日から施行されており、職場内におけるパワーハラスメント(=パワハラ)を防止する規定が盛り込まれていることから『パワハラ防止法』という別称で呼ばれています。パワハラ防止法では、パワハラの基準を法律で定めることにより、企業がパワハラの防止措置を行うことを義務化していることが特徴で、大企業においては2020年6月1日からパワハラの防止対策が義務となっています。

そして、中小企業についても2022年4月1日から施行されると決まっており、どのようなことに注意しなければいけないのかはきちんと押さえておくべきでしょう。なおこの法改正では、セクハラ・マタハラを防止する関連法も合わせて施行されているなど、企業は各ハラスメントへの対策を講じる必要があると考えましょう。この記事では、いまいち分かりにくいパワハラの基準やどのような防止対策が必要なのかについて解説していきます。

パワハラの基準は?

ハラスメント対策が難しいと言われる理由は「どこからどこまでがハラスメントなのか?」がいまいち分からないという点です。よく言われるのは、受け手側が「嫌だな…」と感じるような言動に関して、その全てがハラスメントになるといった範囲設定ですが、職場内で考えた場合、ここまで範囲を拡大してしまうと、「部下に指導する行為ですらパワハラになるのか?」と、社員教育に支障が生じてしまうのではないかと感じる方は多いと思います。

今回の法律では、今まで曖昧であったパワハラの範囲に関して、一定の基準が設けられていますので、以下でその基準をご紹介しておきます。ここでは「厚生労働省 都道府県労働局雇用環境・均等部(室)」が作成した資料を参考にパワハラの基準をご紹介しておきます。

①「優越的な関係を背景とした」⾔動

「優越的な関係を背景とした」⾔動とは、以下のような言動と規定されています。

業務を遂⾏するに当たって、当該言動を受ける労働者が⾏為者とされる者(以下「⾏為者」という。)に対して抵抗や拒絶することができない蓋然性が⾼い関係を背景として⾏われるものを指します。
引用:厚生労働省「ハラスメントパンフレット」より

これは、テレビなどでパワハラが特集される際にも良く紹介される事例ですね。具体例としては以下のような言動が紹介されています。

  • 職務上の地位が上位の者による言動
  • 同僚⼜は部下による言動で、当該言動を⾏う者が業務上必要な知識や豊富な経験を有しており、当該者の協⼒を得なければ業務の円滑な遂⾏を⾏うことが困難であるもの
  • 同僚⼜は部下からの集団による⾏為で、これに抵抗⼜は拒絶することが困難であるもの

②「業務上必要かつ相当な範囲を超えた」⾔動

少し分かりにくい基準ですが、以下のように規定されています。

社会通念に照らし、当該言動が明らかに当該事業主の業務上必要性がない、⼜はその態様が相当でないものを指します。
引用:厚生労働省「ハラスメントパンフレット」より

この基準については、さまざまな要素(当該言動の目的、当該言動を受けた労働者の問題⾏動の有無や内容・程度を含む当該言動が⾏われた経緯や状況、業種・業態、業務の内容・性質、当該言動の態様・頻度・継続性、労働者の属性や心⾝の状況、⾏為者の関係性など)を総合的に考慮したうえで判断しなければならないとされています。
なお、労働者に問題行動があり、その指導を目的などとしていた場合でも、人格を否定するような言動など業務上必要かつ相当な範囲を超えた言動がなされた場合は、指導を目的としていた場合でも、当然「職場におけるパワーハラスメントに当たる」とされます。
この基準の具体例は、以下のような言動が紹介されています。

  • 業務上明らかに必要性のない言動
  • 業務の目的を大きく逸脱した言動
  • 業務を遂⾏するための⼿段として不適当な言動
  • 当該⾏為の回数、⾏為者の数等、その態様や⼿段が社会通念に照らして許容される範囲を超える言動

③「就業環境が害される」

最もわかりにくい基準がこの部分だと思います。厚生労働省の資料では以下のように規定されています。

当該言動により、労働者が⾝体的⼜は精神的に苦痛を与えられ、就業環境が不快なものとなったために能⼒の発揮に重大な悪影響が生じる等の当該労働者が就業する上で看過できない程度の支障が生じることを指します。
引用:厚生労働省「ハラスメントパンフレット」より

この判断基準については、「平均的な労働者の感じ方」を基準とすることが適当とされています。もう少しわかりやすく言うと、社会⼀般の労働者が、同様の状況で、同じような言動を受けた場合に、「就業する上で看過できない程度の支障が生じたと感じるような言動であるかどうか?」を基準とするということです。
なお、言動の頻度や継続性も考慮されるのですが、強い⾝体的⼜は精神的苦痛を与える態様の言動の場合には、1回でも就業環境を害すると判断されることもあり得るとされています。

参考資料:厚生労働省「ハラスメントパンフレットP.3」より

パワハラ防止のために何に取り組むべき?

それでは、パワハラ防止のために企業が取り組むべき対策についても解説していきます。企業のハラスメント対策としては、以下の3つの措置が必要とされています。

①社内方針の明確化と周知・啓発

パワハラ防止対策としてまず取り組むべきなのが、社内方針を明確化し、管理監督者を含む従業員への周知・啓発だとされています。職場における「パワハラ」に関しては、その定義が不明確な場合が多いですし、自社におけるパワハラの定義を就業規則などに定めることで、社内方針を明確化すると良いでしょう。
また、社内方針の明確化にあわせて、パワハラ内容や発生原因、その背景などを従業員に周知・啓発すると良いとされています。厚生労働省で紹介されている具体的な取り組み例は以下のようになっています。

  • 就業規則その他の職場における服務規律等を定めた文書に、事業主の方針を規定し、当該規定と併せて、ハラスメントの内容及びハラスメントの発生の原因や背景等を労働者に周知・啓発すること。
  • 社内報、パンフレット、社内ホームページ等広報⼜は啓発のための資料等にハラスメントの内容及びハラスメントの発生の原因や背景並びに事業主の方針を記載し、配付等すること。
  • 職場におけるハラスメントの内容及びハラスメントの発生の原因や背景並びに事業主の方針を労働者に対して周知・啓発するための研修、講習等を実施すること。
  • (妊娠・出産・育児休業等に関するハラスメントへの対応を⾏う場合)事業主の方針と併せて制度等が利⽤できる旨を周知・啓発すること。

②相談に適切に対応するための体制づくり

二つ目の対策として「相談(苦情を含む)に応じ、適切に対応するために必要な体制の整備」が必要とされています。ハラスメントを防止するためには、実際に問題が起きた時に、その苦情に対する相談体制が整備できていることが大切です。したがって、社内にハラスメントの苦情などを相談できる窓口を設置し、従業員に周知しておきましょう。
なお、単に窓口を設置するだけではダメで、相談があった時に適切な対応ができるよう、「担当者を定める」「相談に対応するための制度を設ける」「外部機関に窓口・相談対応を委託することも想定する」などの体制を整備しておく必要があります。相談窓口に関しては、口頭では伝えづらい内容があることも想定できるため、電話やメールなど、複数の方法で相談を受けられるような体制を作りましょう。具体的な取り組み例としては以下のような対策が紹介されています。

  • 相談に対応する担当者をあらかじめ定めること。
  • 相談に対応するための制度を設けること。
  • 外部の機関に相談への対応を委託すること。
  • 相談窓⼝の担当者が相談を受けた場合、その内容や状況に応じて、相談窓⼝の担当者と⼈事部門とが連携を図ることができる仕組みとすること。
  • 相談窓⼝の担当者に対し、相談を受けた場合の対応についての研修を⾏うこと。

③パワハラが発生した場合の迅速・適切な対応

3つ目は、実際に職場におけるパワハラが発生した際、事後の迅速かつ適切な対応が行えるように社内体制を整備しておくという対策です。

相談窓口にパワハラの相談があった際などは、担当者が状況に応じて、事案に関わる事実関係を正確に確認する必要があります。事案が生じてから、誰がどのように対応するのか検討するのでは対応を遅らせることになりますので、相談窓⼝と個別事案に対応する担当部署との連携や対応の⼿順などをあらかじめ明確にしておく必要があります。スピード感を持って対応することができれば、被害の継続や拡大の防止が期待できます。

さらに、ハラスメントの事実が確認できた場合は、速やかに企業として取るべき措置を考えなければいけません。その上で、相談者とパワハラを行ったとされる人員の双方に、会社としてどのように判断し、どのような措置を講じるのかをきちんと説明し、理解してもらう必要があります。パワハラ行為を行った人間には、どのような言動が問題であったのかをしっかりと伝え、今後同様の問題が起こらないように継続的なフォローアップを行いましょう。ハラスメント問題は、再発防止のための教育を行うことも大切とされています。
具体的な取り組み事例は以下のような対策が紹介されています。

  • 相談窓⼝の担当者、⼈事部門⼜は専門の委員会等が、相談者及び⾏為者の双方から事実関係を確認すること。
  • 確認が困難な場合などにおいて、労働施策総合推進法第30条の6、男⼥雇⽤機会均等法第18条⼜は育児・介護休業法第52条の5に基づく調停の申請を⾏うことその他中⽴な第三者機関に紛争処理を委ねる
    ことも考えられること。
  • 事案の内容や状況に応じ、被害者と⾏為者の間の関係改善に向けての援助、被害者と⾏為者を引き離すための配置転換、⾏為者の謝罪、被害者の労働条件上の不利益の回復、管理監督者⼜は事業場内産業保健スタッフ等による被害者のメンタルヘルス不調への相談対応等の措置を講ずること。
  • 就業規則その他の職場における服務規律等を定めた文書における職場におけるハラスメントに関する規定等に基づき、⾏為者に対して必要な懲戒その他の措置を講ずること。併せて事案の内容や状況に応じ、被害者と⾏為者の間の関係改善に向けての援助、被害者と⾏為者を引き離すための配置転換、⾏為者の謝罪等の措置を講ずること。
  • 職場におけるハラスメントに関する相談が寄せられた場合は、たとえハラスメントが生じた事実が確認できなくても、これまでの防止対策に問題がなかったかどうか再点検し、改めて周知を図ること。

なお、上記のような対策に合わせて、「当事者などのプライバシー保護のための措置」や「相談、協⼒等を理由に不利益な取扱いをされない旨の定めと周知・啓発」も必要とされています。

職場におけるパワハラの防止対策については、以下の資料の「P.22~P.30」をご参照ください。
参考資料:厚生労働省「ハラスメントパンフレット」より

まとめ

今回は、改正労働施策総合推進法について企業がおさえておかなければいけないハラスメント対策についてご紹介してきました。パワハラ防止法とも呼ばれる改正労働施策総合推進法ですが、大企業では2020年6月から適用されており、この記事でご紹介したような対策に、既に取り組まれていることでしょう。そして、2022年からは中小企業でもパワハラの防止対策が義務となりますので、急いで自社の体制を整えていく必要があると考えましょう。

パワハラなどのハラスメントに関しては、「どこからどこまで?」と言った線引きが非常に難しいのですが、今回の法改正によってある程度の基準が示されています。まずは、どのような言動がパワハラに当たるのかをしっかりと認識することからスタートしてみると良いでしょう。