設計者から見た食品工場設計の難しさ

今回は、「食品工場をつくる難しさ」について、設計者の視点から分かりやすく解説していきます。皆さんは、「食品工場設計の難しさ…」と聞いても、「デザイン性などにそこでこだわるわけでもなく、必要な機能さえ整っていれば良いはずの工場の設計がなぜそこまで難しいのか?」などと疑問に思う人が多いかもしれません。
また、一級建築士であれば、用途や規模に制限なく、あらゆる建築物を設計することが許されています。しかし、実際に建築物を『つくる』ということを考えた場合、一級建築士に「許されている」ことと「できる」ことは別物なのです。わかりやすい例をあげてみると、医師国家試験に合格して医師として働く場合でも、医師によって専門分野があるように、建築設計においても設計者が得意とする専門分野は変わってくるものなのです。
以前、東京オリンピック開催を機に建て替えが決まった国立競技場の設計案が、コンペ後に技術的な問題や金額の妥当性から白紙になった事例は皆さんも記憶に新しいのではないでしょうか。
そこで本稿では、マンションや商業施設、事務所や倉庫など、さまざまな建築物の用途と比較して、食品工場設計の特徴についてご紹介します。

食品工場設計の5つのポイントについて

それでは、設計者から見た場合の、その他施設と食品工場設計の違いについてご紹介していきます。ここでは、皆さんにもわかりやすく、ぞれぞれのポイントに分けてご紹介します。

POINT① デザイン性

建築物というものは、不特定多数の人々の目に触れるものですので『デザイン性』というポイントが重要視されることが少なくありません。個人、法人などと、建築物の所有者に関わらず、外観を「カッコよくしたい」「モダンでシンプルな外観にしたい」など、デザインに対する要望は少なくありません。さらに、建築物が建てられるロケーション、インフラなどが都市を形成することを考えると、好き勝手にデザインを決めるわけにはいかず、ある程度周辺環境を考えたデザイン性を求められる場合もあります。例えば、京都市内では、景観条例に基づいたデザイン性を求められるのは有名な話で、コンビニや飲食店の看板なども他の地域と異なりカラーを選ばなければならない場合があります。
そこで、建築物は用途によってどの程度のデザイン性が求められるのかを考えてみましょう。

  • 商業建築
    不特定多数の人々が訪れ、その人たちの購買意欲を刺激する必要がある商業建築では、高いデザイン性が必要不可欠と言えるでしょう。
  • 一般住宅
    住宅は、日常の心地よさはもちろんステータスシンボルともなるため、高いデザイン性が求められることが多いでしょう。
  • 食品工場
    建物の外観は企業イメージに影響を与えるため、清潔さなどは求められます。しかし食品工場では他に優先すべき事項が多くあり、高度なデザイン性を求められることは少ないと言えるでしょう。

POINT② 要求機能の多様性

建築設計において、全ての建築に対する要求機能と言えば『風雨を防ぐ』ということです。そして、この最低限の機能に加えて、用途を考えた最適なゾーニングや動線・快適温度・明るさなどが一般的な建築物に求められます。
食品工場に求められる機能とはどのようなものでしょうか?
食品工場では、食の安全性はもちろん、生産性向上を実現するためのハイレベルな機能性が求められています。例えば、温度管理について、従業員が快適に作業するための温度と、製品の品質管理のための温度は異なりますが、当然両面において最適な温度帯を維持しなければいけません。したがって、食品工場設計の際には、多様な要求機能を実現するためのシステム選定においても、イニシャルコスト・ランニングコストを考慮した高度な判断が求められるのです。

POINT③ メンテナンス性

分譲マンションなどであれば、長期保全計画が定められており、住民たちが建物の保全にかかる資金を毎月積み立てることになります。そして、新築から10年程度経過した時点で外壁補修や各種防水工事など、大規模な修繕工事が行われます。しかし実は、こういったマンションなどの新築設計時には、将来的なメンテナンス性が配慮されている部分が意外に少ないのが実情です。あったとしても、外壁メンテナンス用ゴンドラを吊り下げるため、屋上コンクリートにフックを打ち込んでいる程度です。さらに、一般住宅などで考えた場合には、劣化が進行して何らかの不具合が発生した時点で対応するといった感じで、メンテナンス性に対する意識は高くありません。
一方、食品工場では、製品の安定供給の観点から、メンテナンスを理由に工場の稼働を休止することが難しいという事情があります。そのため、他の施設と比較して、格段にメンテナンスの難易度が上がってしまいます。もちろん、食の安全性を考えた場合、施設を常に清潔に保たなければならず、清掃頻度に関しては通常の建築物よりも圧倒的に高いと言えるでしょう。
つまり、食品工場においては、新築設計時の段階から、メンテナンス性に配慮したさまざまな工夫が必要になるのです。

POINT④ 非日常性

ここで言う「非日常性」は、『設計者の日常にとっての』という意味に限定します。さまざまな建築物を設計する設計者も、当然、個人として生活する中ではさまざまな建築物を利用します。まず、住宅についてはほぼ100%使用していると考えて問題ないでしょう。つぎに、生活に必要になるものを購入するため商業施設も普段よく利用します。さらに、仕事をする事務所に関してもほとんどの設計者は利用したことがあるはずです。こういった、普段自分が日常的に利用する建築物については、設計者自身もユーザーとして利用しているため、「何が求められるか?」など設計の完成度を高めるための想像力は働かせやすいものです。
しかし「食品工場」という分野に限ってみれば、設計者が日常的にユーザーとして利用するようなことは通常ありません。したがって、食品工場設計において想像力を働かせるためには、ある程度の経験値が必要になるのです。

POINT⑤ ジャストスペック

ここでは、「ある建築物にとって最適なスペック(仕様)=ジャストスペック」と定義します。
建築物において、ジャストスペックを選定するためには、使用目的・使用方法・コストなど、さまざまな要因を考慮しなければいけません。もちろん、全ての建築物にはジャストスペックが求められているのですが、食品工場の場合には特にその設定が難しいのです。
食品工場は、取り扱う製品や製造方法、顧客や販路といったものがそれぞれ異なりますので、建物に求められるニーズや基準がそれぞれ異なります。さらに、同じ食品を取り扱う場合でも、インライン工場と惣菜を作るオープン工場では建築に求められる要件が異なり、製造する製品によって衛生度なども違ってきます。したがって、食品工場ではあらゆる施設ごとに求められるスペックが同じではないということが難しいポイントとなるのです。
食品工場の設計者には、本当に求められる適正なスペックを提案し、それを実現する能力が非常に重要になるのです。

まとめ

それでは最後に、今回ご紹介した内容を以下の表にまとめておきます。

建物種別 ①デザイン性 ②要求機能の多様性 ③メンテナンス性 ④非日常 ⑤ジャストスペック
マンション 重要視 低い 重要視 普通 普通
商業建築 特に重要視 低い 普通 普通 高い
事務所 普通 普通 普通 普通 普通
倉庫 普通 普通 普通 高い 高い
食品工場 普通 高い 特に重要視 特に高い 特に高い

※見る人の立場によっては多少見解の相違はありうると思います。

本稿から分かるように、食品工場の設計は、通常の建築物と異なり、ユーザ感覚を働かせにくい状況下で「機能性・メンテナンス性・ジャストスペック」を深く追求しなければならない、非常に難易度の高い分野と言えるでしょう。それゆえ、食品工場の設計者には通常の建築物設計で求められる以上の経験値が必要となるのです。

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